【因縁とは何か】
     テレビで高視聴率をあげた”夢千代日記”をご存知だろう。あのドラマのな     かで、度々歌われた山陰地方の民謡「貝殻節」はこんな文句ではじまっいてる。      「なんの因果で 貝殻こぎ習うた          カワイヤノー カワイヤノー・・・・・・」      ほかにも、因果という言葉は、昔からよく使われて来た。      −「いかなる因果の報ひにや、かかるうき世に住みそめて」(御伽草子)      −「かかるりんきのふかき女を待合すこそ、其男の身にして因果なれ」(好色五人女)      −「過去未来の因果をさとらせ給ひなば、つやつや御嘆きあるべからず」(平家物語)      ここに傍点を打った四つの因果という言葉は、それぞれ少しずつ意味が違っ     ているのに気付かれるだろう。      貝殻節の因果の意味は、御伽草子と同じ使われ方で、以前(前世)に行った     業(ごう)の報いのこと。好色五人女の因果は、不幸、不運のこと。そして、     平家物語では、これまでの一切の現象がどうして起こったのか、という原因と     結果の意味にとらえて、”大原御幸”の一節に使われている。      この平家物語での使われ方こそ、経典「過去現在因果経」に示された原因と     結果の法則、つまり因果関係というものの、正しい解釈なのである。      これを分かり易く説明すると、たとえば赤、青、黄の三原色の絵具があると     する。このうちの赤と青をまぜ合わせると紫になることは、小学生でも知って     いるだろう。青と黄なら緑になる。      この元の色、赤、青、黄が因、つまり原因というものであり、まぜて現れた     紫や緑が果、すなわち結果なのである。      そして、まぜるという行為、あるいはまざるという現象、これが縁(えん)     、すなわち因縁ということなのである。      これでみると、因果とは、原因があって何かの結果がすでに現れた、という     「過去」のこと、過ぎ去ったことを意味するものでもあるし、因縁とは、原因     が今何かのかたちで作用しつつある状態、色をまぜていることがそうであるし、     また何かの原因で苦しんでいるとか、喜んでいるとかの状態もそうである。因     果の「過去形」に対して、これは「現在進行形」の姿なのである。      ”大原御幸”は、後白河法皇が洛北の寂光院へ、政敵・平清盛の娘でもあり、     わが子高倉天皇の妃、壇ノ浦に入水したわが孫安徳天皇の母でもある建礼門院     徳子を見舞いに訪れられる「平家物語」でも有名なくだりである。      板のふきめもまばらに、軒には蔦(つた)のはううらぶれたその庵室の前で     法皇は、老いさらばえた一人の尼に会う。      「そもそも汝はいかなる者ぞ」と問われると、くだんの尼は      「故少納言入道信西が娘、阿波内侍・・・・御賢じ忘れさせ給うにつけても、     身の衰えぬる程も思ひ知られて、今更せん方なうこそ覚え侍へ」と袖を顔にあ     てて泣く。なんと、すっかり忘れていたが法皇の乳母だった阿波内侍ではない     か。      この阿波内侍が言うのである。      見すぼらしい庵室やお供の者の姿もない、うらぶれた女院の生活ぶりを悲し     む法皇に対して、いまは身を捨てて、悟りの行に入っていられる女院ですから、     『因果経には「欲知過去因、見其現在果、欲知未来果、見其現在因」と説かれ     たり。過去未来の因果を悟らせ給ひなば、つやつや御嘆きあるべからず』と−。      この因果経(過去現在因果経の略)の文句の意味は、過去の原因を知ろうと     するならば、その現在の果を見よ。未来の果を知ろうとするならば、その現在     の原因を見よ、ということである。      後白河院と平清盛との政争からはじまった平家追討、福島遷都、屋島や壇ノ     浦の戦い、そして平家の没落と源氏の再興・・・・そうした騒動のなかにまき     こまれて生命を失った平敦盛はじめ安徳天皇や二位尼ら平家一門の人々、かろ     うじて生き残った建礼門院らの関係者たち。来し方、行く末を考えれば、今こ     うして、寂しい余生を送らねばならぬのも、そうした過去の争いごとが原因に     なっているからであり、生き残った者たちがやがて悟りの世界に入るであろう     ことも、現在亡くなった者たちの菩提を弔いながら浮き世を捨てて、ひたすら     行に励んでいることからすれば当然の結果となるであろう。      ”つやつや御嘆きあるべからず”−これこそ諸行無常の姿なのだから、なに     も悲しみに浸っていることはありません。      これが阿波内侍の口を通して述べられた因果・因縁の世界の考えだ。この考     え方を基調とした”鎮魂”の物語が「平家物語」というわけである。     以上、参考にして下さい。     次回は「因縁は霊の作用で生じる」を掲載予定です。